田中正雄の漫画論「漫画の時代に生きるために」

月刊「子ども会」10月号
特集/マンガ文化 人生マンガ総漬時代に育つコドモたち
−マンガはコドモのごはんかおやつか−
(平成元年9月20日発行/財団法人全国子ども会連合会)


子供の自由と夢
 昭和二十年の終戦により日本人は自由を手に入れたと言われます。しかし当時の実
態は主食三十日分の遅配(三十日間食糧の配給のない中を生きたことになります)、
焼け跡のバラック暮らし、衣食住何一つ満たされるものはありませんでした。その中で
子ども達が手に入れた自由、それは未来への自由な空想だったのではないでしょうか。
 その空想を一層大きく拡げたのは戦後の出版界にいち早くブームを巻き起こした「子
ども向けマンガ単行本」だったのです。また、その頃、子ども達は新聞の夕刊をまちわ
びました。それは夕刊に載っている四コマ漫画だったのです。そこに子どもの夢と自由
があったのです。

漫画批判の高まり
 戦後十年、漫画熱の益々高まる中でむかえた別冊漫画ブーム、少年雑誌は漫画の
別冊付録の冊数をきそったのです。それと一方で町の貸本屋では少年誌とはちがう、
相当に過激な内容をもつ青年向け漫画の人気が盛り上がってきていました。
 その頃急速に巷に氾濫した漫画がPTA等教育ママの逆燐にふれ漫画批判の声が
高まりました。当時私の所属していた「優良漫画を指向する東京児童漫画会」でも島田
啓三氏を中心に児童漫画のあり方について討議しあっていました。やがて、さしもの強
烈であった漫画批判も、優良漫画を指向する作家と興味本位の作家のある事を認識さ
れたのか、私共に対する批判の波はおさまってゆきました。

漫画功罪論
 前章の漫画批判とも見える批判の高まりの中でも漫画おやつ論等も出て、情操教育
の一助となることなど漫画のよさを認める教育関係者も多数居られました。漫画を是と
する人は漫画を読んでくれる人達で、否とする人の多くは漫画をお読みでなく、子ども
達が熱中している漫画の主人公さえご存じない方々が多かったようです。手塚治虫氏
の「鉄腕アトム」もその頃に生まれているのです。
 とは言え、作家側の私自身が目をそむけたくなるような作品を相当にみかけたことも
事実です。その後少年週刊誌、テレビ漫画、学習漫画とその舞台は大きく拡がって今
や漫画時代とも言える様相をていしてきつつあります。
 ところで、何故漫画の歴史のようなことをお話したかと申しますと、現在の漫画はこれ
らの過去の上に成り立っており、この中に漫画を一層理解して頂くカギがあると思うと
共に、現在の読者のご両親は既に漫画世代にお育ちになった方々であり、漫画につい
ても相当の理解と見識をお持ちであることを確認した上で作家側からの意見を申し上
げたかったのです。

子どもは漫画の中で育っている
 漫画について話す場合、その対象を定めねばなりません。そこで大ざっぱに分類しま
すと、大人向けのものとして政治漫画と娯楽漫画があり、子ども向けには娯楽漫画と学
習漫画があります。最近は大人向けにも学習漫画が驚くべき勢いでのびてきているよ
うです。その他大人と子どもの中間をねらった青年向け漫画がありますが、ここでは一
応子ども向け漫画について話を進めます。
 今までは作家サイドの問題でしたが、翻って本題である子どもの側について考えてみ
ますと、好む好まざるとにかかわらず子ども達は既に漫画の満ちあふれた社会に生ま
れてきているのです。ここでお考え願いたいことは、ものすべて用い方によって功罪が
伴います。漫画の功罪を知って敬遠するのではなく、一層有効に利用してもらいたいと
思います。

娯楽漫画の見方
 まず娯楽漫画(書籍・テレビ)の功について、よい作品に接することにより感受性を高
め想像力を豊かにする情操面の効果が大きいと思います。しかし、影響が大きければ
大きいだけ低俗な作品が子どもの微妙な感性をはぐくむのに妨げられることは言うま
でもありません。そこでこの効用をより効果的にし、害をより少なくする方法があります。
それは子どもといっしょに漫画を読んだり見たりしてあげることです。今の大人が子ども
の頃に読まれていた漫画に比べてかなり過激になっているため、今の漫画にはついて
ゆけないとお感じになるかもしれませんが、お子さんのためにお子さんといっしょになっ
て子どもの視線で作品をご覧になって頂きたいのです。それによって初めて、子どもに
とって良い作品、良くない作品の識別ができると共に、共通の話題を対等の立場で話
し合う機会ともなります。よい作品はやさしさ、思いやり等一層豊かな感受性を育てる
ことができます。
 一見良くないと見える作品からも強さ明るさ未来への憧れ等作品の中のよい部分を
導き出すこともできるのではないでしょうか。特に低学年のお子さんとは時間の許すか
ぎりごいっしょにご覧になって、なるべく良い作品(子どもにとって)を見るよう方向づけ
てあげてください。

学習漫画について
 学習漫画は、何時の時代にもためになる漫画として受け入れられてきましたが、娯楽
漫画に比べて地味な存在でありました。ところが昭和五十三年に出版された「学研まん
が日本史」の好評に端を発し数社が競作の形で出した「日本の歴史」がことごとく好調
の売り上げを示したため漫画で学習の機運が高まり、ついに大人向けの入門書へと広
がり、哲学、経済、宗教、歴史と止まるところを知りません。今後益々広い分野に取り上
げられてゆく事と思います。
 話を再度子ども学習漫画に戻します。このジャンルの仕事は、作家の多岐にわたる知
識と技量に加えて、教育者としての自覚がその内容を左右します。漫画の各分野で忙し
くなると何時も問題になるのが時間的制約です。学習漫画でもそのために多くのスタッ
フで急遽制作した作品の中には、単に絵ときに終わっているものも見受けます。
 とは言っても、このジャンルでは漫画がよく消化酵素の働きをして、文字からイメージ
を作り出すことにやや苦手な現代青年にとって今後益々役立ってゆくことでしょう。この
分野でもどうかごいっしょにお読みになり出版元や作者にご意見をお寄せ下さって、より
良い作品をお育て頂きたいと念願致しております。読者の皆さま方に色々とご注文を申
しあげましたが、私共作家は情操教育の一端を担うものとしての自覚をもって日々研さ
んを積んでゆくつもりです。

漫画の未来について
 急速に広まりつつある漫画の需要にたいして、今日優秀な作家の排出が間にあわぬ
感もあります。
 かつて同時代に漫画の世界に入った旧友手塚治虫氏の描く作品の中に、日頃愛した
昆虫や動物の出る物語や、科学者としてのかれの描く科学漫画にはより深く読者を感
動させるものがあったと見うけました。それはテーマに対するふところの深さと彼のすば
らしい人間性からにじみ出る何ものかであったのでしょう。私もかつて柔道に情熱を燃
やした人間として柔道漫画を描き、発明をしては特許庁へ通いながら発明漫画を描い
た時代がありました。今は少年時代から興味を持っていた歴史の研究をしながら歴史
漫画を描き続けています。我々が漫画家としてスタートしたのは資料も焼き尽くされた
終戦直後、共に十代だったのです。現代は資料も画材も十分にあり、中・高・大学に漫
画研究会があり、それぞれに自分達で漫画誌を発行する時代に至っています。ゆがて
その中から人情の機微を物事の微妙な波動を触知して作品に生かせるすばらしい作
家が多く育ってくれることを期待しているのです。
 最後に本紙読者の皆さま方のご理解とご協力を得ながら、未来をになう子どもたちに
役立つ作品を残してゆきたいと考えています。

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